【目に見えない障害】高次脳機能障害の症状と苦悩

しょう吉

高次脳機能障害についてはあまりご存知ない、あるいは聞いたこともないという方も多いかもしれません。具体的にどのような障害なのか、ほとんど知られていないのが実情です。

現実に、私たちの社会の中でこの障害のために困っている方が、おそらく数十万人、あるいはそれ以上いることが知られています。
今回はそんな高次脳機能障害についてみなさんに知ってもらいたいことをお伝えします。

目次

高次脳機能障害の恐ろしさ

たとえば交通事故に遭い、頭を打ったとします。

頭を打って意識がない、脳のケガがある、などの理由で脳神経外科に搬送されます。今は治療もずいぶん進歩していますから、一見したところ、半身不随や失語症といった後遺症なく回復する方も多く、意識が戻ると、病院での生活、つまり朝起きてご飯食べて着替えて…といった身の回りのことも特に困らなくなります。お見舞いに来られたお友達からも「すっかり元気になったね」などといわれます。病院の先生や看護師さんからは「もう治療は終わりました。通院も不要です。」と退院が許されます。

ところが退院してみると、なんだか以前と違うことに気がつきます。物事にすぐに飽きてしまって新聞も読めないしテレビも見ていられない。そう、根気が続かないのです。あるいは些細なきっかけで家族と言い争いになってしまいがちで当人も家族もストレスがたまっていきます。職場ではミスが多くてなかなか仕事がはかどらない。はじめは病み上がりだからと大目に見てくれていた上司や同僚も、こんな状態が続けば以前のように仕事を任せていられません。

かかりつけの病院では脳の治療は終わったと言われているし、何が悪いのか、どこに相談していいのかもわからない。そうこうするうちに、仕事ができないからと解雇されたり、家庭での諍いが続いて離婚したりと、仕事も家庭も失ってしまう。

これが高次脳機能障害の怖さです。どうしてこんな結末になってしまったのでしょうか。その原因をお伝えします。

高次脳機能障害に気づくこと

この方のケースの場合、幸いにも麻痺や失語といった後遺症はありませんでした。しかし脳の働きは体を動かしたり言葉を使ったりするだけではありません。記憶や注意、判断といった考えることも脳の働きですし、怒りなど感情も脳の働きの一つです。脳が傷つくと、たとえ麻痺や言葉の問題がなくても、記憶力や注意力、判断力に影響が出て仕事がうまくできなくなってしまったり、感情のコントロールができなくなって人間関係が損なわれてしまうことが知られています。麻痺や失語は外見からすぐにわかりますが、記憶や判断力といった知的な能力は一見しただけでは、それが衰えていても外見からはわかりません。

実は脳の怪我の後遺症が原因の障害で、仕事や生活に支障をきたしているにもかかわらず、ただただ”仕事ができない人””わがままな人”といったように見られてしまうのです。その結果、障害として配慮されることなく、離職や離婚といった形で社会からはじき出されてしまいます。このような脳の外傷がもとで社会生活が立ち行かなくなって困っている人たちも、他の障害の方と同じように、障害として配慮を受けられるよう、サービスを受けられるようにしようと作られたのが「高次脳機能障害」という制度です。

これによって、脳のケガや脳卒中、脳炎・脳症などさまざまな原因で脳に傷を負った人たちも、後遺症に困るときは障害認定を受けられるようになりました。ただ、ある人が高次脳機能障害かどうかなんて、一見しただけでは周りの人には判別できません。そこがこの障害の難しいところです。車椅子に乗っていたり、白杖を持っていれば、周りの人はすぐに気づいて配慮するでしょう。でも高次脳機能障害の人は外見からはわかりません。

症状も物忘れであったり、不注意であったり、ちょっと怒りっぽいなど、誰にでも起こりうることであって、それが症状だなんてなかなか気づけないものです。当の本人も、自分の身に起こっていることが後遺症の症状だなんてわかりません。熱がある、妄想があるなど、明らかに異常な現象が起こっているわけではないのです。そのため周囲の人も本人も、障害があることに気づけないでいるケースが非常に多いのです。障害に気がつかなければ、”変な人”として社会からはじき出されてしまいます。ですから、まず「障害」であることに気づくことが非常に重要ということになります。

高次脳機能障害の症状

厚生労働省の高次脳機能障害診断基準では、後天的な脳損傷の後遺症として、注意障害・記憶障害・遂行機能障害・社会的行動障害を高次脳機能障害と呼びます。注意や記憶は日常生活でも使う言葉ですから、「注意障害」「記憶障害」はイメージしやすいかと思います。一方で、「遂行機能障害」などという言葉は日常的には使いませんのでイメージがしにくいと思います。これはわかりやすく言うと「その場で考えて臨機応変に対応する」ことが難しくなってしまう症状です。判断できない、決められない、優先順位がわからない、段取りが悪い、要領が悪い、融通が利かない、などが当てはまります。

最後の「社会的行動障害」というのは文字通り、社会的な人間関係にかかわる行動が難しくなることです。感情のコントロールが難しくなって些細なことで激怒して対人関係が悪くなったり、衝動を抑えられずに浪費しすぎてしまったり、生活リズムが乱れて昼夜逆転したり、身だしなみが整えられなくなってしまうといった症状です。

このような症状があるとなぜいけないのでしょうか。不注意や物忘れ、判断力の低下があれば仕事や家事がうまくこなせません。子供なら学校で勉強がわからなくなってしまいます。あるいは怒ってばかりいたら周りの人とうまくやっていけません。つまりその場にふさわしい振る舞いができなくなってしまい、一人の社会人としてうまく生活できなくなってしまうわけです。要するに高次脳機能障害とは社会に適応しにくくなる、社会的不適応がその本質なのです。ですから高次脳機能障害に該当する方たちは、自分で工夫して社会に復帰することがとても難しいのです。

したがってスムーズな社会復帰・社会参加のためには、高次脳機能障害の方の障害特性に合わせた支援が不可欠です。そのため厚生労働省の”高次脳機能障害及びその関連障害に対する支援普及事業”が実施され、今では高次脳機能障害の方も障害認定を受けることによって、各種の福祉サービスを使えるようになりました。

高次脳機能障害はよくなる

後遺症というと治らない、もう駄目だ、とおっしゃる方もおられますが、後遺症と呼ぶ以上、これ以上進行しない、つまり良くなることはあっても悪くなることはないのです。脳は学習する臓器ですから、たとえ傷ついた脳であっても、新たな能力を身につけることは可能です。適切な対処法を身につけることによって、できることが増え、生活しやすくなっていきます。

しょう吉

後遺症だから治らないのではなく、高次脳機能障害はよくなるのです。

高次脳機能障害を理解できない社会から理解して受け入れる社会へ。誰もが自尊感情を持って生きられる社会に変えていきましょう。

監修医師のアドバイス

高次脳機能障害は、とにかくその症状を「障害である」と理解できるかどうかがポイントとなります。頭の怪我、脳梗塞、脳出血などの脳のご病気に合われた方で、「以前と違って仕事や生活で支障が大きく出ているなぁ」と感じたり、すこしでも心配な方は高次脳機能障害を検索していただき、最寄りの病院や相談窓口に相談してみてください。医師を中心に相談に乗らせていただき、必要であれば認定を行ってまいります。そして、厚生労働省の支援を受けながら、社会への適応を進めていきましょう。

【 参考文献 】
・高次脳機能障害をご存知ですか?
・高次脳機能障害 診断基準ガイドライン

・「高次脳機能障害」診断基準

【 監修医師 】
●小山翔平 (Shohei Oyama): 整形外科専門医, おやま整形外科クリニック院長 《Web》https://oyama-seikei.gassankai.com/
●Dr. KyoJi: 医師11年目の外科医, 新宿の医局→フリーランス《Twitter》https://twitter.com/dkyoji

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